鮭で復活、楢葉町
震災前、木戸川は日本有数の鮭の産地でした。昭和58年頃には、一千万尾以上飼育できる鮭ふ化場が完成し、本格的に鮭増殖事業が始まりました。しかし、震災で大きな被害を受け、平成27年に避難指示が解除されるまでは木戸川での業務もできませんでした。現場の整備を行い、翌年の平成28年に震災から5年ぶりに稚魚の放流を行いました。秋には、震災の年に自然産卵した鮭も、約8,500尾戻ってきました。
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[相双:楢葉町]
木戸川漁業協同組合 鮭ふ化場長 鮎中間育成場長
高校卒業後18歳で木戸川漁業協同組合に就職。日本でも有数の鮭の産地であった楢葉町で、震災前から現在まで、鮭のふ化、育成を行う。
楢葉町を
魚のテーマパークに
INTERVIEW 地域から見つめる、あの日から、これから
震災前、木戸川は日本有数の鮭の産地でした。昭和58年頃には、一千万尾以上飼育できる鮭ふ化場が完成し、本格的に鮭増殖事業が始まりました。しかし、震災で大きな被害を受け、平成27年に避難指示が解除されるまでは木戸川での業務もできませんでした。現場の整備を行い、翌年の平成28年に震災から5年ぶりに稚魚の放流を行いました。秋には、震災の年に自然産卵した鮭も、約8,500尾戻ってきました。
令和元年は、震災後初めて放流した稚魚が木戸川に戻って来る年で、漁協ではとても期待をしていました。しかし、2度にわたる台風で簗場は流され、川も濁り、その年は344尾しか収穫できず、販売には至りませんでした。でも、震災で一度どん底を見ているので、またやり直そうと思えるんです。
鮭は、日本人なら誰でも知っている魚です。だからこそ、網引きや産卵の現場を見てもらいながら身近に感じてもらい、川の仕事に興味を持ってもらえたらと思います。私は、魚に助けられて生きてきたと思っています。好きな仕事だから、つらいことがあっても続けていられます。
楢葉町には、木戸川以外にも井出川と二河川あり、アユ、ヤマメ、イワナ、ウグイ、ウナギなど他にもさまざまな魚種が釣れます。一年を通して釣りを楽しめる魚のテーマパークのような環境。私たちが教えながら、川と魚に接していけるようにするのも役割のひとつだと思っています。川の資源と、人との触れ合いを大切にしながら、鮭をはじめとした明るいニュースで、楢葉町を盛り上げていきたいですね。